―命を救った御守り―

 新湊町出身の高原久雄一等兵は、日中戦争で徐州の宋家河付近で銃撃戦となり、右脇腹に小銃弾が命中し「やられた」と叫びその場に倒れた。担架隊に運ばれ、手当を受けたが、衣服に大きな穴が開いているのに出血がなく不思議に思われた。

 すると、弾丸が放生津八幡宮の御守りに命中し止まっていた。火傷はしたけれど命は助かった。菅原特派員の取材に高原一等兵は「いまだに横腹に穴が開いているような気がして気持ちが悪いのですが、どうにも不思議でなりません。

 弾丸が止まったのは放生津八幡宮のお陰ですから、さっそく家の方に知らせて御礼詣りをさせようと思っていたところです。」と話した。

                  

昭和13年(1938)2月4日新聞より