八幡神は應神天皇(おうじんてんのう)である。八幡神については、諸説はあるが、少なくとも、大伴家持は、八幡神を應神天皇として信仰されたと考える。大伴家持が、八幡神を勧請される以前に、越前国守、多治比廣成(たじひのひろなり)が創祀した神社があったことが窺える。多治比廣成が創祀された神社の御祭神については知る術もない。しかし、多治比廣成が創祀した神社が鎮座していたことが、家持が八幡神を勧請する動機のひとつになったと想像できる。應神天皇は、多治比氏にとって祖神である。多治比氏は宣化天皇の4世の子孫から始まり、宣化天皇は応神天皇5世の子孫である継体天皇の第二皇子である。家持は、実母を通じて多治比氏とつながりがある。つまり、家持にとっても應神天皇は祖神ということになる。

        

 奈呉の海人達は、大海原より祖霊をお迎えした。大伴家持は、宇佐の地から、海人達の働きにより海上より八幡神(應神天皇)をお迎えした。奈呉の海人にとっても家持にとっても、海上からお迎えした祖先の神霊をお祀りしたことになる。

桜揃い - 囃子方
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